教育

風雲児たち3巻の感想※保科正之と薩摩の怨み

風雲児たち3巻の感想

風雲児たち3巻は、大坂の陣の合戦後から始まります。

そこから、徳川幕府の成立、秀忠の子、保科正之の話、そして、宝歴治水伝です。

関ヶ原の戦いの後、薩摩は領土も減らされず、うまく立ち回りましたが、そうはうまく行きませんでした。

宝歴治水伝は、明治維新につながる怨みの発端となった話ですね。

風雲児たち3巻の基本情報

漫画名風雲児たち3巻
発売日2002/04/30(連載は1981年)
著者みなもと太郎
出版社リイド社
掲載誌コミックトム

風雲児たち3巻のあらすじ

徳川幕府体制も三代将軍・家光の頃に、完全に礎が築かれた。そして、それを補佐したのが弟・保科正之だったが…
※DMMブックスからの引用

目次

第一章 決戦
第二章 巨星堕つ
第三章 家光と正之
第四章 大老保科正之
第五章 江戸城消滅
第六章 時代は移る
第七章 宝歴治水伝・前編

風雲児たち3巻の感想

時代劇や大河ドラマを見ても、江戸幕府、徳川幕府に悪いイメージを持たないかもしれません。

でも、大名たちにとってみれば、徳川家は独裁者。

かなりひどいことをしていたことが分ります。

ただ、その中でも善政をした人物もいます。

それが保科正之、秀忠の簡単に言うと不倫の子です。

最後の宝歴治水伝は、幕府の薩摩へのひどい仕打ちが分かります。

徳川幕府ができ、独裁政治が始まる

大坂の陣が終わり、豊臣家が滅亡することになります。

そして、徳川家が全国を自由に支配できることができるようになります。

早速、徳川幕府は、武家諸法度を発行。

武家諸法度の内容は、大名たちにとってはひどい内容です。

武家諸法度

城の新築は厳禁
城の改造も禁止
修繕は許すが、その内容を幕府に申告すること
幕府の許可なく結婚、養子縁組もできない
江戸に人質として家族を住まわせ、大名も3年に1年はこちらで暮らす(参勤交代の原形)

ようは、徳川家に歯向かうことができないようにしたと言うことですね。

ほかにも徳川幕府は、幕府を守るためあらゆる手段を講じます。

徳川幕府は、実は、独裁者だったことが分ります。

保科正之、会津松平家初代

江戸幕府の中にも、善政を行った名君がいます。
それは、保科正之です。

保科正之は、2代将軍秀忠と静の息子、いわゆる不倫の子です。
信濃高遠藩に、養子として迎えられ、2万石の藩主となります。

家光が三大将軍となったとき、家光は、秀忠に隠し子をあることを聞き、保科正之と秀忠を引き合わせます。

正之は、徳川に忠義をつくすことを約束し、会津23万石の藩主となり、徳川親藩として、松平姓を名乗ることになります。

4代将軍家綱は11歳で将軍となったため、家光から後見人として、大老になるよう推薦されます。

大老は、かなりの権力のある要職ですが、正之はおごることなく治めたようです。

たとえば、明暦の大火(振袖火事)で、江戸城が焼け落ちたときも、罹災者に可能な限り、金を分配。

火事がおこらないよう江戸の区画整理を行うなど尽力したそうです。

生涯、徳川家のために忠義をつくした正之。

会津藩は、徳川親藩として、発展します。

ただ、だからこそ、新選組に関与するなど、明治維新において、最後まで徳川のために戦うことなります。

宝歴治水伝。薩摩が幕府を怨む原因

関ヶ原の戦いにおいて、西軍にいても、領土を減らすこともなく生き抜いたのが薩摩藩です。

ただ、関ヶ原での捨てがまりなどで、薩摩の強さを認識していた徳川。

薩摩を骨抜きにする作戦とも言えるのが、木曽三川(木曽川、長良川、揖斐川)の治水工事です。

工事費は、十四、五両、今のお金に換算すると140~150億、それも幕府からの依頼なのに、薩摩藩の負担です。

当時70万両の借金があった薩摩藩。

しかも、幕府が指定した業者から資材を買い、指定したとおりに工事を行い、宿泊場所も農家を指定されました。

さらに、農家には、薩摩の藩士に一切の食べ物、飲み物を与えることを禁じられ、渡す場合は、現金を先にもらうことを命じられるなどの内容でした。

薩摩藩には屈辱かつ負担を強いる内容、これは怨みにつながりますね。

まとめ

風雲児たち3巻は、徳川幕府の教科書では勉強しない部分を教えてくれます。

この内容を頭に入れておくと、日本史の勉強を進んだろうなと思います。

実際、帯にも、

受験生必読!!この作品には独自の歴史観がある。マーカー片手に読め!
タレント ラサール石井

と書いてあります。

受験にも使える歴史漫画ですね。

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