教育

風雲児たち2巻の感想※長州、土佐の怨み、そして板挟みの徳川秀忠

風雲児たち2巻の感想

風雲児たち1巻は、関ヶ原の戦いの話でした。

2巻は、その後の話。

負けた西軍側の悲惨な運命の話です。

長州、土佐が怨みを持つ理由が分かります。

あと、少し可哀そうな徳川秀忠のことも書かれています。

風雲児たち2巻の基本情報

漫画名風雲児たち2巻
発売日2002/03/31(連載は1979年)
著者みなもと太郎
出版社リイド社
掲載誌月刊少年ワールド

風雲児たち2巻のあらすじ

歴史大河ギャグ漫画、復活第2巻!!関ヶ原の戦いは東軍・徳川家康の大勝利に終わったが、その後の日本国内では…・
※DMMブックスからの引用

目次

第一章 さまよい人たち
第二章 土佐の惨劇
第三章 怨念総決算
第四章 徳川政権誕生
第五章 薩摩示現流
第六章 秀忠ちゃんぐぁんばって
第七章 静・・・そして秀忠
第八章 素浪人神尾某
第九章 大阪の陣

風雲児たち2巻の感想

風雲児たち2巻は、前半は、薩摩、長州、土佐が、なぜ明治維新の時代まで徳川幕府を恨むことになったかの怨みの部分が書かれています。

ここを見ると、歴史の教科書では出てこない、明治維新の姿が見えてきます。

領土を奪われ、城も決められた毛利の怨み

最初は、毛利輝元の話です。

西軍総大将でありながらも、参謀の吉川広家が家康と内通していた毛利。

吉川広家は、その功績を家康に、訴えますが、裏切られます。

安芸120万石から、長門と周防あわせて36万石と大幅に領土を減らされ、新しい城も萩と決められ、城の位置も中州の真ん中と指定されるなど、屈辱的な仕打ち。

大きな城を造るなと城の高さまで指定されたようです。

この怨みから、長州藩毛利家では、毎年の正月に奇妙な儀式があるそうです。

それは、新年のあいさつの後に、この会話をするそうです。

「徳川家征伐の準備いよいよ整いましてございまする 
 いざや出陣のご命令をおだしくださいますよう・・・」

「今年はまだその時機にあらず・・・
 隠忍自重し時を待ち、武道にはげむよう・・・」

以後、300年にわたり続いたとのことです。

怨みの深さが分かります。

新領主「山内一豊」に虐げらた土佐

領主だった長曾我部元親から、山内一豊が新領主となった土佐。

長曾我部の残党の土佐侍たちが一豊を邪険に熱かったことで、腹を立てた一豊は、長曾我部時代のものを全て取り壊します。

これに腹を立てた土佐侍は、小さな反乱をおこします。

これに対し一豊は、桂浜で角力(すもう)の大会を開くという嘘の看板を出し、集まった侍たちを虐殺しました。

その後も、土佐侍を一豊の家臣の城づとめの上士と区別し、百姓同様の郷士と言う身分以上になれないようにしたそうです。

明治維新で活躍した武市半平太、坂本龍馬も郷士でした。

この時から続く怨みを明治維新ではらしたような形ですね。

強かった薩摩

長州、土佐とは違い、徳川家に対し、一切の領土を明け渡すことを拒否した薩摩は、別の動きを見せます。

まず、関ヶ原の戦いで、三成、大谷とともに主力で戦った宇喜多秀家を受けいれ、死罪にならぬよう主君の家久は徳川に嘆願し、減刑させています。

また、琉球王国を攻め、領地を拡大、所有権を徳川家に認めさせました。

板挟みの二代将軍徳川秀忠

2巻では、徳川秀忠についても詳しく書かれています。

秀忠の妻は、秀吉の正室淀君の妹の江、豊臣家の人間です。

家康は、天下統一のため、自分が征夷大将軍になり、徳川幕府を作ろうとしますが、それでは豊臣家の怒りを買います。

秀忠は妻から怒りを買うわけです。

そこで、娘の千姫(当時6歳)を、秀吉の息子の秀頼(当時11歳)に嫁がせ、秀忠が後見人として、秀頼が成人の際には、将軍の地位を明け渡すという口約束をしました。

当然、これは嘘で、家康の次の将軍には、秀忠がなり、約束を反故にします。

当時の豊臣家には、強い武将はありませんが、莫大な軍事予算を持っていたのです。

そこに脅威を感じ、豊臣家を根絶やしにしようと徳川がおこしたのが、大阪冬の陣です。

徳川家のいいがかりがすごいので、漫画で確認してください。

この戦いにおいて、豊臣家にはまともな大名がつくことはなかったのですが、長州、土佐は独自の支援をします。

これもまた怨みの形ですね。

まとめ

2巻は関ヶ原の戦いの後の話ですが、漫画を読んでいると、本当の意味で関ヶ原の戦いが終わっていないことが分かります。

歴史の本や、ドラマでは登場しない、ドロドロとして、感情的な歴史が見れるのが面白いところです。

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